「咸宜園」廣瀬淡窓の理念を体現!日本の近代化をバックアップした教育機関【日田】

今回、やって来たのは、大分県日田市にある咸宜園(かんぎえん)です。

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咸宜園とは?

咸宜園は、儒学者・廣瀬淡窓(ひろせたんそう)によって設立され、江戸後期から明治にかけて教えられていた日本最大級の私塾です。

大分の山の中にあり、しかも私設の教育機関だったにもかかわらず、全国から約5,000人の門下生が学び、後に日本の近代化に貢献したり、歴史に名を刻む多くの人物を輩出しました。

咸宜園の出身者としては、高野長英(蘭学者)、大村益次郎(兵学者)をはじめ、清浦奎吾(総理大臣)、横田国臣(現在の最高裁判長官)など、多くの著名な人物が含まれています。

※豆田町にある「はきもの資料館」では和紙人形による広瀬淡窓の生い立ちについて展示されています。

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廣瀬淡窓とは?

今から240年以上前の江戸時代、天明2年(1782年)に日田の有力な商家・廣瀬家の長男として廣瀬淡窓は生まれました。

24歳の時に私塾を開き、その10年後には堀田村に咸宜園をスタート。

咸宜園という名前は、中国の「詩経」にある「すべてよろし」という意味で、門下生一人ひとりの意志や個性を大切にする姿勢が塾名に込められています。

そんな咸宜園では身分や年齢、学歴を問わずに入門を許可し、すべての門下生に対して平等に教育し、月旦評(げったんひょう)という成績表で門下生の成績を公表し、学ぶ心を育てたとされています。

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日田の街なかに残る史跡「咸宜園」

咸宜園の建物や史跡は、日田市によって大切に保存されています。

敷地内には書斎「遠思楼」や居宅「秋風庵」などの建物のほか、東塾跡や書蔵庫などがあり、国の史跡として指定されています。

これらの建物は淡窓の教育活動の中心となった場所で、「桜塚 ~初桜之句碑~」や「休道之詩碑」などの石碑もあり、淡窓の教育理念や門下生たちの学んでいた様子を今に伝えています。

咸宜園の跡地に隣接して教育研究センターがあり、資料や書籍が展示されています。(内部の撮影は不可)

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まとめ

いかがでしたか?今回は日田にある咸宜園についてご紹介しました。

江戸時代に全国から多くの人材が集まり、実に90年間もの間、私塾として機能した咸宜園。

この塾では淡窓の没後も門下生が引き継ぎ、約4600余人が学んだ江戸時代の重要な教育機関です。

現地ではそんな廣瀬淡窓の功績や哲学について深く学ぶことができるスポットとなっています。

咸宜園は日田駅から徒歩で約15分のところにあり、豆田町を散策する途中で気軽に立ち寄ることができます。日田にお越しの際はぜひどうぞ。

名称: 咸宜園 かんぎえん
住所: 大分県日田市淡窓2丁目4-2-13
電話: 0973-22-0268
時間: 10:00-16:00
駐車場: 無料駐車場あり
咸宜園のページ

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