王仁博士顕彰公園-漢字や論語は佐賀から!?壮大な歴史ロマンからできた巨大な公園【神崎】

今回やって来たのは、佐賀県神崎市にある王仁博士顕彰公園(わにはかせけんしょうこうえん)です。

場所は、佐賀で有名な吉野ヶ里遺跡のすぐ近く、国営歴史公園から北に約1kmのところにあります。

王仁博士(わにはかせ)とは?

王仁とはクロコダイルのワニではなく、今から約1600年以上前の飛鳥時代に日本にやって来た実在の人物とされる方です。

※写真は近くの王仁神社にある肖像画です。

博士は韓国の霊岩郡の出身で、古事記などによると今から1600年以上前の405年に、百済(くだら)から応神天皇に招待されて来日し、論語十巻と千字文1巻を献上したとされています。

論語は中国の聖人・孔子が残した言葉をまとめたもので、仁徳などが有名です。また、千字文(せんじもん)とは、子供に漢字を教える際に手本として使われた長文の漢詩です。

日本人の道徳の基礎となっている論語や、読み書きのもととなった漢字を日本にはじめて伝えたのが王仁博士です。

博士をたたえる巨大な公園

そんな百済の王仁博士(わにはかせ)の功績をたたえるため、2018年にできたのがこちらの公園です。

敷地1万3000平方メートルという広大な規模の公園で、駐車場の正面にはメインとなる百済門があります。

出身地である霊岩郡の王仁遺跡にある百済門と大きさや形がおなじレプリカで、韓国伝統様式の立派な門です。

門から中に入ると、千字文のモニュメントがあります。

時の内閣総理大臣や佐賀県出身の国会議員など、いろんな人が1文字ずつ書いたプレートが集まってできた巨大なオブジェです。

なお、博士が持ってきた千字文は日本で学問・文字の普及が進むきっかけとなり、今でも習字の手本として広く利用されています。

さらに近くにあるのが「願いの碑」です。

学問の神様として知られる博士が身に着けていた烏帽子をモチーフにしたもので、学業成就のパワースポットになっています。

敷地内にある常設展示コーナー

公園内にある情報交流館では王仁博士に関する紹介パネルやDVDが流され、近くの吉野ヶ里遺跡からの出土品などが展示されています。

また、となりの多目的ホールでは韓国との交流事業について紹介されています。

隣接する鰐神社(わにじんじゃ)

公園のとなりには鰐神社(わにじんじゃ)があり、境内には「王仁天満宮」と刻まれた石祠がまつられています。

この王仁天満宮が王仁博士と何らかの関係があるのでは?韓国から出発した博士が、日本に最初に上陸した地が神埼町ではないか??とされています。(あくまで推測ですが、、)

ちなみに、博士の出身地である韓国にも記録がなく、佐賀の神埼町でも上陸したとの言い伝えもないため、本当にこちらに来たかはまったくの不明です。

*根拠となる「王仁天満宮」の石碑は、江戸時代の寛政八年に当時の住職が王仁博士の業績をたたえ、地元・神崎での学問の普及を願ってつくったものと考えられています。

まとめ

江戸時代に彫られた1個の祠(ほこら)が王仁博士と関連づけられ、近くに吉野ヶ里遺跡があるために昔から大陸や朝鮮半島との交流があったかも!?との推測で、こちらの巨大な公園ができました。

日本にもたらされた漢字と論語をテーマに、海外との壮大な歴史ロマンを体感できる!佐賀の神崎にある王仁博士顕彰公園です。

名称: 王仁博士顕彰公園 わにはかせけんしょうこうえん
住所: 神埼市神埼町志波屋813ー6
時間: 9:00-117:00
駐車場: 無料駐車場あり
王仁博士顕彰公園のページ

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