島義勇の像-あの札幌をつくった「北海道開拓の父」のモニュメント【佐賀市】

今回やってきたのは、佐賀城のお堀近くにある島義勇(しまよしたけ)の像です。

佐賀城のお堀にあるパワフルな像

こちらの銅像は、佐賀城歴史公園の西のほうに進んだ道沿いに出てきます。

なお、駐車場は近くにないため、場内の県立博物館に車をとめて歩いてきましょう。(徒歩:約5分)

2.5mもの高さがある島義勇の銅像です。

安政3年(1856年)に、蝦夷地(現在の北海道)や樺太の調査に向けて旅立つ、若き日の島義勇をイメージしたもの。

こちらは明治維新で北海道と名付けられてか150年たったことを記念して、佐賀城のお堀近くにできました。

過酷な北の大地と向き合う強そうな身体と、内に秘める強い意志を表現した、躍動感あふれるパワフルな銅像です。

島義勇とは?

島義勇は佐賀出身の藩士で、地元ではあまり知られていませんが、幕末から明治維新の時代に活躍した人です。

藩の命令で蝦夷地(今の北海道)や樺太を調査したり、明治新政府から北海道の開拓をまかされ、初代の開拓判官として札幌に赴任。

未開の地だった北海道の開拓に貢献し、現在では約200万人が暮らす札幌市の原型をつくった功労者です。

「北海道開拓の父」として知られ、地元では島義勇の名を知らない人はいないほど!?の有名人。

札幌市庁舎や北海道神宮に彼の銅像があり、地元では「判官さま」と呼ばれるなど、札幌の人々に親しまれています。

案内プレートには島義勇の生涯や、佐賀を出発して江戸から東北、北海道内、樺太までまわった実際の探検のルートが地図上に明記されています。

近くには生家跡や終焉の碑も

銅像からさらに西に行くと、佐賀大学の近くに彼が生まれた場所があり、現地には生誕地のプレートが残っています。

また、義勇像から東に行った佐賀城内には、終焉の地となった「佐賀の役 招魂碑」があります。

まとめ

いかがでしたか?

「少年よ大志を抱け」のクラーク博士はとっても有名ですが、そんな北海道をはじめて開拓した島義勇はもっとスゴイ人!

まだ飛行機や鉄道もない時代に、藩命とはいえ佐賀から樺太に向かうなど、すごい冒険心と開拓者精神をもったエライ方です。

佐賀の乱で処罰を受け、地元でも島義勇の功績を知っている人は少ないですが、、、、

やる気に満ち、どんな困難にも挑戦する開拓者スピリッツの大切さを今に伝える記念モニュメントです。

名称: 島義勇の像 しまよしたけのぞう
住所: 佐賀県佐賀市城内1丁目10
駐車場:付近の有料駐車場を利用

名称: 島義勇 屋敷跡(誕生の地)
住所: 佐賀県佐賀市与賀町1358
駐車場:付近の有料駐車場を利用

名称: 佐賀の役 招魂碑
住所: 佐賀県佐賀市水ヶ江1丁目7
駐車場:付近の有料駐車場を利用

※当サイト内に掲載している情報は取材当時のものです。時間の経過により内容が変化して、実際と異なる場合がございますので予めご了承ください。
また、お気付きな点はプロフィールのアドレスまでどうぞ。誤記など指摘していただけると助かります。

関連記事

【新型コロナの影響について】

新型コロナウイルスの感染防止による影響で、臨時休業など各施設の営業時間が変わっている場合があります。
お出かけされる前には、公式HPやSNSなどで最新情報についてご確認ください。

ピックアップ記事

言語を翻訳

地域のイチオシ情報!

ページ上部へ戻る