今回やって来たのは、多久聖廟の近くにある多久市郷土資料館です。

多久市郷土資料館の基本情報(地図・アクセスなど)
| 名称 | 多久市郷土資料館 たくしきょうどしりょうかん |
| 住所 | 佐賀県多久市多久町1975 |
| 電話 | 0952-75-3002 |
| 時間 | 9:00-16:00 月曜休 |
| 駐車場 | 無料駐車場あり |
館内には志田林三郎(しだりんざぶろう)博士に関するコーナーがあります。


志田林三郎(しだりんざぶろう)とは?
志田林三郎は江戸末期の1856年に多久に生まれ、現在の技術立国・日本のもととなる日本の電気工学の基礎をつくった、知る人ぞ知るとってもエライ人です。

彼の業績は数多くありますが、その主なものだけでも、、、
(1)明治4年(1871年)に政府が創設した工学寮(現在の東京大学工学部)の電信科を、第一期生として首席で卒業。
(2)イギリスに留学し、帰国後は工部大学校の教授から、日本で最初の工学博士第一号になりました。

(3)さらにその後は、日本における電気工学の研究や技術官僚、教育者として尽力しました。
(4)国内で初めて「電気学会」の創立を主導するなど、教育や行政など多方面でマルチに活躍。

(5)研究、教育、行政という3重の激務により、36歳という若さで死去しました。
日本の未来を予見する伝説のスピーチ
明治21年(1888年)の第1回電気学会で、志田林三郎は幹事として講演でスピーチ。
その中で彼は、まだ「電波」という言葉がない今から130年以上前の明治時代に、当時はほとんどの人が知らなかった電気通信が今後どのような社会をもたらすか?について語っています。

そこで語られた講演「将来可能となるであろう十余のエレクトロニクス技術予測」の中で、無線電話/ラジオ ・テレビ/海外放送などの長距離送電/テレビ電話/電車の普及 ・蒸気機関車の衰退/テープレコーダー/電磁波測定による地震予知、作物の収穫予想、、、などの技術を提起。
今ではそのほとんどが実現している電気通信システムや、高度情報化社会の到来を正確に見通していて、その先見性の高さが今なお評価されています。
志田林三郎に関する資料を展示
多久市郷土資料館では、そんな彼が行った講演記録のある学会第一号誌(復刻版)など、志田林三郎のゆかりの品や資料を展示しています。

まとめ
今から160年以上前の江戸末期に彗星のごとく現れ、電気工学の未来を見据えて研究を積み、電気学会を設立するなど人材育成のために尽力し、今日の技術立国・日本の礎(いしずえ)を築いた志田林三郎。

上の写真は、佐賀市のメインストリートに展示されている志田林三郎の像です。
「技術立国・日本」はここからはじまった!
我が国の電気工学の祖で、エレクトロニクス大国・日本の原点を築いた電気工学界の巨人について学べる多久市郷土資料館です。

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